伊志嶺宮古島市長、辞任表明。
ちぬ~、伊志嶺市長が辞任を表明したんじゃ~。
「ついに」っちゅ~所じゃのぉ。不祥事が相次ぎ、宮古島市行政の長としては、「辞任」っちゅ~こと以外無ぇのは火を見るより明らかじゃったんじゃが、すぬ発表がいつになるのかっちゅ~のと、辞任はいつなんじゃっちゅ~のが注目じゃったんじゃ~。ついにちぬ~辞任表明となったんじゃが、後はいつ辞任し、いつ新宮古島市長選挙が行われるのかっちゅ~こっちゃのぉ。
1994年の平良市長に就任してから、約14年かのぉ。すっかり宮古島の「顔」となっちょった訳じゃ。しかし、現在75歳っちゅ~年齢からも、今回任期満了した場合には、次回の宮古島市長選挙には出んとは思っちょったけぇ、期間的に言えば、すり程の差は無ぇとも言えるのぉ。ほいじゃが、笑顔で市庁舎を去るっちゅ~訳には行かんかったのぉ。くぬ部分は大違いじゃのぉ。今更、伊志嶺医院を復活させることも無ぇと思うけぇ、暫くは休憩かのぉ。
市長が、市の職員全員の行動を把握する何て無理な話じゃ。ほいじゃけぇ、各部門の責任者に対し、管理を徹底するのが限界であるし、現実的な訳じゃ。そして、その各部門の責任者は、更に部下である各責任者を管理するっちゅ~、通常の会社の組織と何ら変わらん業務体系な訳じゃ。すして、くぬ業務体系であるが故、部下の起こした不祥事は、上司の罪であるし、上司の上げた手柄は、部下の功績である訳じゃ。っちゅ~訳で、今回不祥事を起こしたプリムヌがだうおった訳じゃけぇ、すぬ上司である伊志嶺市長は、当然責任を取らねばおえんっちゅ~訳じゃ。市長の人柄云々や罪を犯した個人の罪云々では無く、すりが長としての宿命である訳じゃ。一般市民以上の収入を得、尊敬と注目を集める存在であった訳じゃけぇ、すぬ点でも、当然の幕引きな訳じゃ。
市町村合併、財政の建て直し、トゥリバー問題、アトゥール問題、伊良部架橋工事等々、様々なことがあったのぉ。シュレーダーも来よったのぉ。引退後は、すりらを肴に、肩の力を抜いておと~りでも回しちょくれ。
色々あった訳じゃが、わしの唯一の心残りは、伊志嶺市長が在職中に、宮古の高校が甲子園に出場し、応援席で一緒にひやさっさできんかったことじゃのぉ。(T^T)しかし、引退後も、伊志嶺市長の宮古を思う気持ちは、宮古のばかむぬた~を思う気持ちは、いささかも衰えんであろうことをわしゃ~良ぉ知っちょる。現職の市長では無ぉなる訳じゃが、前市長もしくは、元市長として、一緒に甲子園で大喜びできる日が早く来ることを祈ると共に、そうなった場合、市長と一緒にひやさっさすることが、わしのできる伊志嶺市長への感謝の表現なんじゃ~。ほいじゃけぇ、慰労の言葉も、感謝の言葉も、その時まで取って置くことにするんじゃ~。
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